Complete text -- "飛ばずにイスタンブール 再び"

15 January

飛ばずにイスタンブール 再び

「アジア横断」はバックパッカーの間では最も人気の高い旅のモデルルートのひとつに数えられる。コルカタ(カルカッタ)を出発、陸伝いにインド、ネパール、パキスタン、イランなどを経て、アジア最期の地イスタンブールへと至る道程である。

このあまりにも有名なルートを様式として確立したのは沢木耕太郎氏であろう。ハタチの頃、僕は(ほとんどの長期旅行者がそうであると想像するが)彼の作品に心酔し、いつか長い旅がしてみたいと憧れたものである。

それから6年後、911の翌年、ネパールのカトマンドゥからイスタンブールへと「アジア横断」を行った。

アフガニスタンの空爆がいまだ続いていたし、イラク近辺に米軍が着々と集結を始めており、連日きな臭いニュースが流れていたのを覚えている。僕の旅程には直接関係なかったが、バリ島の大規模なテロで観光客がたくさん死んだ。パキスタンではついに自分以外の外国人旅行者を見かけなかったし、イランでは反米デモに遭遇した。

しかし、僕は、たいしたトラブルに巻き込まれる事もなく(むしろその逆、危険とされていたパキスタンやイランでは何度も親切にしてもらった)進んで行くことができた。

イランとトルコの国境では、ノアの方舟が流れ着いたとされるアララット山の偉容を前にかつてない昂揚感を感じた。ついにトルコに入るのだなあと感慨深かった。
カッパドキアの奇岩の間をバイクで走った時は、すっかり興奮して何度も意味のない叫びをあげた。自身の旅の遍歴の中で、カッパドキアの風景はベストオブビューの3位以内に確実に入る。
イスタンブールの安宿には気のいい日本人パッカーが集まっており、相部屋の空気は修学旅行のそれだった。

トルコは僕が最も好きな国のひとつであり、多くの美しい思い出を与えてくれた国であるのだが、アジア横断中に堆積した疲弊がとても良い形で癒されたことは大きな要因であろう。長く、時には辛い旅の果てに辿り着く場所として、トルコはまず理想的だと言える。飛行機で飛んで行ったとしてもかの地の素晴らしさが些かなりとも減じる訳ではないが。

飛ばずにイスタンブール。

これはもちろん有名な歌謡曲のもじりだが、「飛ばずに」というところがこのルートのまさに要諦である。
アジアの東から西の果てまで、飛行機を使わず、あくまでも陸路で進んで行くこと。
世界のほとんどあらゆる場所が物理的なケーブルでつながり、全ての情報が同時的に共有されるこの時代でも、その旅程には旅行者の憧れと不安をかき立てるものが少なからず含まれていると思う。アーリー70'sのミッドナイトエクスプレスが遥か遥か遠くへ走り去ってしまった現在においてさえも。


今回、僕は、再びアジアの東から飛ばずにイスタンブールまで行こうと考えている。それもシルクロードを辿って行く、もうひとつのアジア横断を。出発地点はシンガポール。


さて、どんな旅になることやら。


02:54:43 | ahiruchannel | |
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