Archive for March 2008

24 March

生存確認

各方面から、生きておるのか?という問い合わせがございました。
心配していただいてありがとうございます。

生きてます。
足の怪我もすっかりいいです。


この土地は物価が非常に高く、ネットカフェとても例外ではない。
なので、今回は簡単に近況報告だけ。

現在地はカザフスタンのアルマトゥ。
西安、河西回廊、敦煌、新疆ウイグル自治区を経て、一週間前に入国した。

何をしているかというと、ウズベキスタンのビザが降りるのを待っている。
ただひたすら待っている。
長い長い冬を土の中で過ごすアナグマのようにじっと待っている。

何しろここは旧ソ連。
官僚主義が大いに幅を利かせ、仕事っぷりは悠長なことこの上ない。
たかがツーリストビザをひとつ出すのに一週間も待つんだと。
二日に一度、宿の女将に宿代を召し上げられるたびに、この日本人はこんなところで毎日なにしてんのかしら?という目で見られる。

宿は郊外にある旧インツーリスト系のぼろ宿。
サービスの割りにはめちゃくちゃ強気の値段設定なのだが、それでも市中よりは大分ましである。
シャワーは別料金。
同じ建物にクラブがあって、夜通し馬鹿でかい音でくだらない音楽がかかっている。
ベッドのマットレスは墓石のように冷たく硬い。


大変に不名誉なことなのだが、国境でカネをすられてしまった。
国境が開く時間になると、100人からの人間が一斉に押し寄せ、転ぶまいと踏ん張っている時にやられたらしい。

しかし、これは防ごうと思えば防げた。
薄汚い泥棒野郎なんかに手もなくやられた自分に腹がたつ。

くそったれ野郎め!
出てきて勝負せいや!!

と、こういう文体になるのは、現在悪漢小説を読んでいるからです…。





19:59:36 | ahiruchannel | 9 comments |

11 March

西安痛飲、じゃなかった、通院日記

足の怪我が治らないので、病院に行くことにした。

一月の出国前に2週間ほど走りこみをやったのだが、慣れないことをしたのがよくなかったのか、右足の親指が少し腫れた。
時間がないので特に手当てをせずに出国。

それが、アジアでうろうろ歩き回ってる内に、腫れがひどくなり、やがて皮が破れて出血するようになった。
マレーシアあたりで紫色になった親指を見てぎょっとしたものだ。
とりあえず絆創膏で応急処置。

しかし、毎日歩くものだから傷はふさがらず、ラオスを出る頃には膿んでしまって結構ひどい状態になった。
しかも靴擦れしたのか、親指の他の場所も破れて血が出る始末。
痛くてまともに歩けないので、足を引きずるようになった。
重量超過のバックパックとギターを抱えての移動はかなりきつい。

手持ちの絆創膏も底をついて、雲南では薬局通いが日課になった。
かの地の薬局では絆創膏はなぜか「ばら売り」なのだ。
一枚0.2元くらいかな。
例によって英語は全く通じないから、薬局へ入ると店員に持参の絆創膏を見せて「これください」と言う。


病院行きを渋っていたのには理由がある。

まず、ラオスや雲南の僻地で(衛生面も含めて)果たしてまともな治療が受けられるのか、という心配。
大雑把な診療で膿んだ親指を切断されたらどうしよう、とか。
もちろん、言語の問題もある。
中国という国は、もうびっくりするくらい英語が通じないのだ。

もうひとつ。保険を運用するのが面倒臭いという問題。
一応旅行保険に入ってきたのだが、治療を終えて保険金を受け取るまでには数々の煩雑な手続きが存在する。
しかも、保険金は日本かアメリカでしか受け取れないんだと。
こちとら今度いつ帰国するかもわからないのに、だ。

それでも雲南の省都、昆明にならまともな病院があるだろうから、そこで医者に見せようと思っていた。

宿にいたイタリア人のおじいちゃんが、昆明で一月病院に通っているというので話を聞いてみた。
このおじいちゃんはリタイアした後、一年の大半をチベットで過ごして、年金の受け取りの時だけ故郷に帰るという生活をしている。
あるとき、左腕がなぜか動かなくなって成都の病院へ行った。
そこで一ヶ月治療。
よくなったのか悪くなったのかわからないが、成都は寒すぎるという理由で、南の昆明まで移動してきた。
昆明でもいくつか病院を回ったが、最終的に東洋医学の診療所に落ち着いたらしい。
よく左腕をぐるぐる回してリハビリをしていた。


「その、昆明の病院のお医者には多少なりとも英語は通じるんですかね?」

「いいや、まったく。苦労したよ。ははは。」


うむ。
昆明での病院行き中止。


保険会社に電話して病院を紹介してもらうべきだろうか。
そう思って保険の冊子を読んでいると、西安に直接提携の病院があることがわかった。

おお、これだ。
次の目的地はまさに西安。ちょうどよいではないか。
そして、夜行寝台に延々35時間乗り続けて西安に移動。

西安の旧市街は明代に造られた城壁の中にあるのだが、目指す西安高新医院は城壁の外の南西部、かなり遠くにあることがわかった。
どのバスに乗ってどこで降りればいいかもわからないが、病院に電話をしたってどうせ英語が通じるはずがない。

病院は「高新路」という道沿いにあるらしいので、「高新6路北口」行きと書かれた路線バスに適当に乗る。
まあなんとかなるだろう。

車掌の女性がなんやらかんやら言うので、すかさずメモ帳を取り出して「高新医院」と書く。

「リャンクァイ(二元だよ)」

どうやら通じたらしい。よしよし。

結構親切な車掌さんで、ちゃんと目的地で降ろしてくれた。
ここで降りて、道路を渡って、あっちね。
ありがとう。

三車線の幹線沿いに10分ほど歩くと、右手に馬鹿でかい建物が見えてきた。
「西安高新医院」の巨大看板もある。超巨大総合病院といった趣だ。

まずは受付へ。
「ジェネラルインフォメーション」と英語併記してある割には、受付嬢には英語が全然通じない。
まあ、これは中国全土で見られる現象であり、特に珍しくはない。
こっちもそれがわかっているので、またしてもメモ帳を取り出す。

「我是日本人、有旅行保険」

今度もちゃんと通じたらしい。
しばらく待っててね、と言ってどこかへ電話をかける受付嬢。

やがてピンク色の制服を着た看護婦さんがやって来た。
にこにこしながら何かを説明してくれているのだが、この看護婦さんにもやはり英語は通じない。


ちなみに(これは非常に重要なことだが)とても美人の看護婦さんだった。
特筆しておく。


看護婦さんにくっついて料金カウンターへ行く。
とりあえずここで前金を払え、ということらしい。
101元。1500円くらい。
レシートには「VIP診療費100元、○○費1元」とある。
1元は何なんだ、1元は?
この「VIP診療」によって英語通訳がつくらしいのは分かる。
じゃあ、もし僕が中国語を話せれば1元で済むのだろうか?

横長のノートを渡されて、その表紙に名前、年齢などを書く。
それを持って診療室へ。美人看護婦さんが先導してくれる。

見れば見るほどかわいい看護婦さんである。
中国語が話せればなあ、と切実に思う。
あ、いや。何しに病院へ来たんだ俺は?

エレベーターに乗って最上階の「VIP診療室」へ。
ソファに座るようにうながされる。
やがてさえない顔つきの眼鏡の男が現れた。
この人がドクターかな?

VIP診療の始まり始まり。
しかし、このドクター、英語がかなりたどたどしい。

「ハロー、え〜、本日は、どんな気分ですか?」

「はい、ドクター。気分は悪くないです」

「では、どこが、悪い、ですか?」

「足のですね、ええと、(親指って何ていうんだ?)そうそう、ビッグトーを怪我しまして、血が出ております」

「いつ、それを、え〜、あなたは、あ〜、発見、しましたか?」

「3週間くらい前です。見てください」

(靴下を脱いで傷口を見せる)

「ふうむ」

「これがですね、かれこれ3週間もの間(腫れるって何ていうんだ?)スウェリング?(いや違うな)スウォールン?な状態です」

こっちの英語もかなり怪しくなってきた。

「ふうむ」

「さらに、膿んでいるようにも思えます。膿みです。うみ」

「ふうむ」

通じたのか?
一番肝心な化膿の部分は通じたのか?

ドクターは受付で渡されたノートに漢字で病状をさらさらと書く。
膿という字はどうも見当たらないがな…。

それから、ドクターはどこかへ消えた。
僕は片足だけ裸足の間抜けな格好のままソファで待つ。
看護婦さんも入り口で待ってくれている。
心配ないですよ、と微笑みかけてくれる彼女。
か、かわええ。

ほどなくしてドクターが戻ってきた。
やれやれやっと治療か。

「え〜、今から、外科のプロフェッサーが、診てくれます。このカルテを、持って行ってください。OK?」

うおお?
あんたが治療してくれるんじゃなかったのか。
そんな伝言ゲームみたいなことで本当に大丈夫なのか。

「プロフェッサーが、薬、必要言ったら、追加料金かかります。OK?」

「はあ…」


看護婦さんに連れられて、また階段を昇ったり降りたり。
足を怪我している病人をこんなに歩かせてどうする?
ともあれ、外科医の部屋へ到着。
壁にはプロフィールが延々と書いてある。
○○大学教授、○○委員会会長、などなど。
なるほど、偉い先生なんだなあ。じゃあ安心かな。

しかし、診察室のドアが開け放ってあるのはいいんだろうか?
患者さんも丸見えだけど。
そういえば、西安駅前で治療室がガラス張りになっている病院と歯医者を見た。
患者が間抜けに大口を開けて、歯を削られている様がよく見える。
町医者なんか、道端に机を出して問診していたりする。
公明正大を期するということか?
多分違うだろう。

前の患者さんの問診が終わるまで、我々は立ちっぱなし。
僕は待ち時間の間中、かわいい看護婦さんを凝視し続けた。
白衣の(ピンクだけど)天使とはまさにこういうものだろうか?
これはいわゆる萌えか?


さて、偉い外科医の先生の問診はといえば…。
僕は再び靴と靴下を脱いで傷を見せ、症状の説明を繰り返す。
看護婦さんもなにやら口ぞえしてくれる。
しかし、傷と病状を書いたノートを一瞥しただけで、さらさらっと処方箋を書く先生。
紙にハンコを押して終わり。はい、もう行っていいよ。
所要約45秒。

うおお?
膿を搾り出すとかそういう痛々しい治療を期待してたのだが。
消毒すらしないのか?そんなんでほんとに大丈夫?


またまた看護婦さんに先導されて、今度は薬局部へ。
塗り薬と、抗生物質らしき飲み薬をもらう。
請求金額は25元。約375円ほど。
総額126元なり。まったく、保険金を請求するのがあほらしくなる安さだ。
ともあれ、これにて本日の診療は終了。


看護婦さんがにっこり笑って薬の飲み方を説明してくれる。
一日に三回飲んでくださいね(多分そう言ってるのだろう)
綺麗で、涼やかな瞳で、若くて、ほっそりとして、得体の知れないバックパッカーにも親切にしてくれた看護婦さん。

言葉が通じないのが本当に惜しいことだ。

せめてかわいい彼女の名前が知りたい。
胸にとめられたネームプレートを見る。
そこに書かれていた彼女の名前は…。


「赫 萌萌」


うおおお?
も、萌え萌え??


うおおおおおおおおおおおお!!!!!!!






















16:00:26 | ahiruchannel | 5 comments |

06 March

K166次 西安行き

雲南省昆明から列車で実に35時間。
ついに(というか何というか)シルクロードの起点、西安にたどり着いた。

そもそも今回はシルクロードを旅するはずなのに、ここに来るのにすでに一ヶ月以上もかかっておるのはなぜだ?


南の方では、会う人全てに西安は極寒だと散々脅された。
だから手袋を買ったし、スキーウェアも持っているし、耳が隠れる登山帽まである。
韓国で別れた母親は懐炉をしこたま持たせてくれた。
ネットで西安の天気を調べると、最高気温3℃などと書いてある。

列車の到着時刻は早朝5時半。
全ての川が凍りつく時間帯だ。宿に着く前に凍死は確実だろう。
僕は4時半に目を覚まして、せっせと防寒具を着込んだ。

なのに、よ。
西安駅のプラットフォームは妙に生暖かいのだ。
駅舎を出てもまったく寒くないし、バス停を探している内に汗ばんでくる。

三月になった途端に春がやってきたのだろうか?
日中はジャケットもいらないくらい暖かい。
まあありがたいことだけど。ちょいと拍子抜け。


西安へ向かう列車の中では、大理出身の白族(ぺーぞく)の女の子たちと仲良くなった。

桂賢と秀梅の二人。

延安大学で化学を専攻しているのだそう。
春節の休みで雲南へ里帰りしていたのだろう。
つまりは花の女子大生な訳だが、はっきりいって中学生くらいにしか見えない。
化粧っ気が全然ないからだろうか。それとも僕が年をとったせいだろうか。

彼女達は英語が下手、こっちは中国語がまるで話せない。
それでも十分にコミュニケートできるのは筆談のおかげだ。
あっという間に僕のメモ帳は漢字で埋め尽くされてしまった。
快速列車上にて中国語超初級講座開催。

桂賢が言う。

「中国語ではエレファントは大象、タイガーは老虎って言います。こういう漢字、書く」

「ほう?なぜに老?老はオールドって意味だよね」

「そう、でもそれが名前なの」

「じゃあタイガーの赤ちゃんでもラオフーなの?」

「そうそう」

「リトルエレファントでもダーシャン?」

「そうそう」


と、まあそういう楽しい(?)会話をしながら列車は一路西安を目指す。


僕が乗っているのは硬臥という寝台車である。
中国の鉄道車両には4つの座席ランクがあって、安い順に(つまりはひどい順に)硬座、軟座、硬臥、軟臥となる。
あ、一番ひどい席は無座だった。つまりデッキね。

硬座というのは文字通り木製の硬いイスで、これに長時間乗り続けるのは相当きつい。
一列三人の割り当てなのだが、なぜか四人押し込まれ、人民はもちろん痰をそこいらに吐くし、煙草もがんがん吸う。ゴミは床にぽいぽい。
トイレは個室なのに二、三人が入ってくるし、トイレから帰ると席が無くなっていたりもする。
都市から都市の移動はすぐに一日二日がかりになるので、硬座での夜明かしはもう地獄である。
僕は上海から昆明まで45時間硬座に乗ってきたという旅行者に会ったが、中国の列車なんか二度と乗るかボケ!っとのたもうておられた。

そりゃそうだね。


硬臥は英語風に言うとハードスリーパーである。
向かい合わせの三段ベッドで、マットレスは硬い。
そこにシーツを敷いてごろんと横になる。まずまず快適だ。
一般に中国の列車の旅はこの硬臥が最もリーズナブルだと言われている。
その上の軟臥になると料金が倍になり、下手すりゃ飛行機よりも高くついてしまうからだ。

ただし、この硬臥は一番人気なのですぐに埋まる。
始発駅からの割り当てがほとんどなので、途中駅の乗車では席を確保できないこともしばしば。

昔は硬臥に限らず、列車のチケットを買うのは本当に大変だったらしい。
例によって列に並ばない人民をやり過ごして、やっとの思いで服務員に行く先を告げても、たった一言、没有(メイヨー)と冷たく言い放たれる。
それでは翌日は?と訊いてもメイヨー。何を訊いてもメイヨー。
しまいに、隣の窓口へ並べと追い払われる。隣の窓口でまた延々並んでメイヨーメイヨーの連発。

悪しき社会主義制度の名残りである。
まだ社会にサービスという概念がほとんど存在しなかった時代の話。


僕は方々でその話を聞いていたので、初めて中国を旅行したときには自分で切符を買うなどという大それたことは考えず、初めっからエージェントに頼んだ。

だが、テクノロジーは日進月歩で進化する。
今回、僕が昆明駅で見たものは、座席の有無が一瞬でわかる巨大電光掲示板であった。
西安行き、今日、硬座あり、硬臥なし、などが表示されており、座席の予約状況が簡単にわかる。
後は並んで空いている座席の切符を買うだけなのだ。
オンライン化は悪名高き中国の火車票購入にまさに福音をもたらした。

あ、ただし表示は全部漢字だから、楽になったのは日本人や韓国人だけだね。
漢字文化圏以外の旅行者は相変わらず辛酸をなめ続けていることだろう。


この硬臥だが、一区画6ベッドに対して通路側の座席は2つしかない。
つまり満席になったら4人はあぶれる訳だ。
最初から設計が間違っているのである。

先にも書いた通り、都市から都市の移動は20時間30時間平気でかかるので、車中二泊三日も珍しくない。
夜になれば自分のベッドで寝ていればいいが、日中はずっとごろごろしている訳にもいかない。
そこで、自然一番下のベッドは座席がわりに使われる事になる。
上段、中段のベッドを買った人も、下段のベッドに座る。

面白いのは、人民は下段のベッドに腰掛ける時にまったく遠慮しないことだ。
ちょっと座ってもいい?とかそういうやり取りは一切なし。
当たり前のような顔をして、下段切符の持ち主を押しのけてどんどん座る。
そして同じ区画の人民とすぐに仲良くなって、お喋りやらトランプやらに興じるのだ。
この辺の感覚は日本人とは全然違う。

僕は三段の中で一番安いという理由だけで下段ベッドの切符を買ったのだが、そういう作法がわからなくて最初は面食らった。
下段もベッドなので、糊の効いたシーツが敷いてあるのだが、人民の尻に蹂躙されたり、食べ物のカスをこぼされたり、臭い足を乗せられたりして、すぐにしわくちゃになってしまう。正直ちょっと哀しい。

なるほど、一番安いのにはちゃんと理由があるのだなあ。
この次は上段ベッドを買って、ごく当然のように下段ベッドに座ってやろうと決心する。

このようにして旅のコツをつかんでいく。



白族の秀梅が訊く。

「え〜、あなたは、どうして、そんなにも長い間旅行してますか?」

「どうしてだろう。わからないな」

「ふうん。何のために、旅行、してますか?」

「何のために?う〜ん。ただただ旅行がしたかったから。かな?」

「ふうん。中国と、日本、どんなところが、違いますか?」

「むむ。一口で言うのはなかなか難しいけど。そうだね、違うところはいっぱいあると思うよ」

「ふうん。あなた、中国、好きですか?」

「え?うん。そりゃもちろん。面白い国ですよ」

「ふうん」



列車は一路西安へとひた走るのであった。







10:46:09 | ahiruchannel | 3 comments |

02 March

漢字小噺

中国を旅する上で、我々日本人における絶対的アドバンテージはと言えば。

そう。文字が読めることですね。
なにしろ漢字というくらいで、中国の古代王朝より伝来した文字なのだ。


その昔イランを旅した時は、英語が全く通じない上に、文字も例のみみずがのたくったようなやつばっかりで、わりに苦労した。
アルファベットは西欧資本主義的なるものとして忌避されているのだろうか?
数字もペルシア数字だから、乗るべきバスの番号すらもわからないのだ。
徹底している。

まあその分、親切で暇なイラン人がよってたかって助けてくれるけど。


欧米人旅行者達は、多分僕がイランで味わったような苦労をしていることだろう。
ざまあみろとまでは思わないけど、ね。


中国語は全て漢字で表記されるが、表音と表意の二種類があることに気づく。

たとえば、街道脇では「麾托修理」なんて看板をよく見かけるけれど、これはモーター修理である。
つまり車の修繕屋さん。表音と表意のミックス。

ネットカフェは「網城」。 表意。
「網」ってところが、なるほどネットだなあと納得する。

スーパーマーケットは「超市」。
冗談みたいだが、誰もふざけてない。


ケンタッキーは「肯徳基」で、マクドナルドは「麦当労」。
こちらは完全な表音。

「巴士」「的士」バス、およびタクシー。

「巧克力」チョコレイト。

「下下」カカ。ブラジルのサッカー選手。嘘じゃないよ。

「下拉OK」カラオケ。嘘じゃない。カーラーオーケーなのだ。

(注;本当は下ではなく、峠の山がない漢字。日本語フォントにはないので便宜的に下と記した)

「魯邦三世」ルパーン三世。いや嘘じゃないって。

と、まあ以上は全部表音。



飴玉は「球糖」。
うん、まあ確かにその通りなんだけどね。
なんとなく砂糖の塊を連想して食べる気が失せるような…。

余談だが、飴玉のことを「飴ちゃん」と呼ぶのは関西弁なのだそうだ。
僕は最近までそのことを知らなかった。

同じ言語構造により、某ディズニーのメインキャラクターは「ミッキーさん」と呼ぶ。
お前らミッキーの友達か?
じゃああっちの方はやっぱりドナルドさんなのか?
プーさんは最初からプーさんだからそれでいいのか?
関西弁的思考の迷宮に放り込まれてしまう。


閑話休題。
漢字の話をしているのだった。


食堂へ入った時にも、漢字読解能力は大いに威力を発揮する。
例えば「肉沫茄子」という文字を見れば、ははあ、これは挽き肉とナスの炒め物だなと容易に想像できる訳だ。
出されたのはこってりと油っぽい麻婆茄子。辛くてうまくて油ギトギト。

昔仲良くなった中国人が言っていたことには、麻婆はあくまで豆腐料理のことなのだそうだ。麻婆茄子や麻婆春雨などは、固有名詞としては存在しないのだそう。

「酸辣面」は僕が好んでよく食べる料理で、読んで字の如く、酸っぱくて辛いスープのラーメンである。
面は麺の略字表記。

略字体では雲南省も云南省となってしまう。あめかんむりが省略されているのだ。慣れないと暗号みたいだ。


飲み食いにまつわる漢字の話をもう少し。

「卑酒」とはビールのことである。ピージュオーという風に発音する。
(注;これも日本語フォントにない漢字。正しくは口へんに卑)

これは表意か表音か。
もしも表意だとしたら、中国人がビールをどう捉えているかがわかって非常に興味深い。
くちへんにいやしいと書くんだから。
ビールというのは「よそ」から入って来た程度の低い卑しい酒という事になるのだろうか。

なにしろ中国で飲むビールは安い。一般的な食堂では大瓶で100円しない。
え?
ああ、もちろん毎晩飲んでるぜ。


「脆皮」とはクリスピーのこと。うむ、確かにもろくてぼろぼろ崩れる。
「脆皮挟心餅干」とはクリスピークリームサンドビスケットだ。

「方便面」はインスタントヌードル。
日本でも昔は即席麺などと言った。
これは列車の旅で大変お世話になる。
長距離列車には必ずお湯のサービスがついているので重宝する。
まあ、食べ続けるとうんざりするのは日本と同じ。

よく知られていることだが、「胡」というのは古代中華世界の西域を意味する。
要するにシルクロードの向こう側だ。そこからやってくる物には胡という文字がついた。

胡桃(クルミ)、胡瓜(キュウリ)、胡麻(ゴマ)、胡椒(コショウ)などなど。

漢字は面白い。

英語をはじめとする西欧言語はすべて表音文字である。
欧米のパッカーたちはほぼ例外なく「ロンリープラネット」というガイドブックを持ち歩いているのだが、これはもう電話帳みたいにでかい。うすらでかい。
で、中身はというと、実用的でスパルタンな旅行情報が細かい文字でびっしりと並んでいる。写真なんか全然なくて、味も素っ気もない。

これ、情報量が多いということもあるんだろうけど、同じ内容を日本語に訳したら半分くらいの文字量で記述できる気がするなあ。

漢字は偉大だ。



さて、枕はこれくらいにして。
大理古城という有名な町へ行ったときのこと。

バスを降りると早速客引きが寄ってきて、いい宿があるからついて来いついて来いと言う。

ただしこの客引き、英語は全く話せない。
ドミトリーはある?とか、一晩いくら?チェックアウトは何時?とかそういう基本的な表現も全然駄目。

仕方がないので(というか、最初から予期できているので)持参のメモ帳とペンを取り出して適当に漢字を並べる。
「有多人房?」とか「多少銭一天?」とかそんな具合に。

もちろん、これが文法的に正しいはずはないのだが、ちゃんと通じる。


案内されたのは中庭を古式ゆかしい(要は老朽化した)建物が取り囲む、まあ大理では標準的なタイプの宿だった。

風呂場には巨大ナメクジがいたが、値段はまあ悪くないし、大荷物を背負って歩き回るのも疲れたのでここで手を打つ。
後で塩でもまいときゃいいだろう。貧乏旅行をしているとすぐに神経が雑になる。


荷物を降ろして一息つく。
チェックインしたときは気づかなかったのだが、テレビの上に何かが置いてある。

縦1cm、横2cmくらいの長方形で、中心部が楕円に膨らんだ平べったい物体がクリアケースに収まっているのだ。

宿の経営者はすべからくこの用品の設置を義務付ける云々〜と、多分そのような意味の文字がクリアケースに仰々しく書いてある。
ところどころに「健康」とか「平安」とかいう文字も。

なんじゃこりゃ?

手にとってよく見ると、それは避妊具だった。
長方形の袋に入っているので、ゴムは真円ではなく楕円にひしゃげているのだ。

なるほどなあ、ここは連れ込み宿も兼ねている訳か。
中国のカップルはこういう場所でいたすのだなあ。
なぜかしみじみとする。


さて、避妊具のことを中国語では何と表すでしょう?

答えは「安全套」。

つけてせよ、さすれば安全、表意文字。

うむ。確かに色々な意味で安全ではあろうなあ。


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