Archive for 28 April 2008

28 April

週刊金曜日責任編集 行ってはいけない! 5

翌朝。
チェックアウト時には昨日受付をしてくれた女の子はおらず、ババアが二人でくっちゃべっているだけだった。

バスの時間まで荷物を置かせてもらっていいだろうか?
そう訊くが、返ってきたのはまたしても冷徹で簡潔な「ニェト」。
あとは僕を無視して二人してお喋りの続き。

ちょっとその辺のすみっこに置かせてもらうだけじゃないか。
誰にも迷惑はかからないだろう。
しかし、ここでは全てがロシア式。
ホスピタリティのかけらも持ち合わせない人々なのだ。

朝っぱらから胸クソ悪い。
国境行きのバスは夜行なので、仕方なく荷物預かり所に預ける。
昨日は500テンゲだったのに、今日はなぜか600テンゲ。
どうしてそうなるんだ?
こういう細かいことにいちいち腹が立つ。


国境へは翌朝の夜明けに着いた。

手持ちのテンゲをウズベキスタンの通貨に両替し終わると、早速タクシーの客引きが声をかけてきた。
国境をうろうろするいかがわしい連中と関わり合いになどなるべきではなかったのだが、僕は度重なる災厄ですっかり冷静な判断力を失っていた。

首都のタシュケントまで言い値は15000ソム。
約11$半。それを4500まで値切った。
相手は三人組のババアとポーターのような若い男一人。
いずれもカザック人だと言う。
ポーターは僕の荷物をひょいと持ち上げると、どんどん運んで行ってしまった。イミグレーションオフィスの柵の上を僕の荷物だけが越えて行く。

中国-カザフ間の国境と同じく、ここでも人が大挙して押しかけ、皆が皆狭いゲートに突進を繰り返している。
誰も列を作るということを知らないのだ。
押し潰されそうになった女性の悲鳴があちこちで上がり、門番のポリ公どもの怒号が飛び交う。
阿鼻叫喚の修羅場である。

僕は前回の教訓を活かして、財布とパスポートの隠し場所を両手でしっかりガードしつつ人の群れへと飛び込む。
潰れ死にしそうになりながらも、何とかカザフのイミグレは抜けた。
とりあえず出国はできた模様。
続いてウズベク側の入国審査と税関だ。
ポーターの男が荷物を持って待っていてくれた。
さあ行こうと身振りで示す。

ウズベク側のパスポートコントロールも黒山の人だかり。
ポリ公が、貴様らちゃんと並ばんかあ!と怒鳴るのだが、誰も聞いちゃいない。
我先にと人の壁へ身体ごと突撃をかけている。
この時点でかなり気力が萎えてしまっていたが、人が途切れることなどない。
勇を鼓して壁へ向かう。

人を押しのけかき分け、パスポートコントロールのカウンターにパスポートを放り込んだ。
まるで何かのスポーツみたいだ。
ゴール!1点ゲット!!

が、ポリ公はそれを一瞥したっきり全然手に取ってもくれない。
外国人のものは手続きが面倒くさいからなのか、地元の人々のパスポートをろくに見もせずに機械的にスタンプを押してゆくだけだ。
そこで10分ばかり立ち往生。
人の流れが少し途切れ、ようやく僕のを開いてくれたと思ったら、今度はビザのページを前に熟考。

早くスタンプを押せよ、とろくさい奴だなあ。

ポリ公がビザを指差し、何かを言ってきた。
ビザに問題があるようだ。
奴は手許にあったカザック人のパスポートを開き、僕のビザのページと並べて見せた。

いいかい、同じウズベクビザだ。

僕はうなずく。

領事館のスタンプが押してあるのも同じ。

ああ、その通り。

そして、こっちのビザには領事のサインがあるが、お前の方にはない。

うむ、確かに。
僕のビザには領事のサインが抜けている。
阿呆の領事がうっかりし忘れたのだろう。
だが、それがどうした?

ゆえに、お前は入国できない。

ポリ公は僕にパスポートをつき返した。

はあ?
何を言ってるのかわかってんのかこのクソッタレが!
そんなもん、お前んとこの領事がボケナスなだけだろうが。
俺はちゃんと15$払って(袖の下50$も取られて)ビザを受領したんだよ。
領収書だってある。これは正規の手続きなんだ。
こっちに落ち度は全くないんだよ。
頭使えばそれくらいわかるだろうが?
領事もポリ公も阿呆の集まりなのかお前らは?

という意味のことを、もう少し穏当な表現で僕は主張した。
しかし英語はほとんど通じていない。
そのうちにゲートが開いてまた人が雪崩れ込んできた。
ポリ公は我関せずといった顔で再び地元民のパスポートをさばき始める。


コーニョ!
悪い予感はやっぱり当たってしまった。
呪いは依然解けていなかった。

荷物をウズベク領に運び終えたポーターが戻ってきて訊く。
どうしたんだ?早く入国手続きをしなよ。
僕はビザのページを見せる。
領事のサインがないと駄目だとあいつが言ってる。

ポーターがポリ公に声をかける。
スタンプを押してやって下さいよ、とでも言っているのだろう。
ひとしきり彼らの間でやり取りがあった後、ポリ公はどこかへ電話をかけた。
上の指示を仰ぐのだろうか、我々はポリ公に促されてオフィスの本館へ向かう。
途中、ポーターが、カネを用意しておけという意味のことをさりげなく僕に言った。

何の為のカネだよ?
こっちに責任はないだろうが。

いいから、いいから、俺に任せときな、という感じで先に立って歩くポーター。
どうにも胡散臭い野郎だ。

国境警備所の本館前で随分待たされる。
ポーターはその間、そこら中にいるポリ公や兵士に片っ端から声をかけ、握手をし、ご機嫌を伺い、必要に応じてタバコの箱を差し出し火までつけてやってと、小ざかしく立ち回った。
笑顔で応じる者、素っ気なく通り過ぎる者、様々。
中には冗談半分にポーターにパンチや蹴りを入れるポリ公もいる。
ポーターは蹴られてもヘラヘラと笑うばかり。
えへへ、やめて下さいよ、旦那。

国境で勤務するポリ公ども全てに顔をつないで、何かの時には便宜を図ってもらうつもりなのだろう。
営業活動に余念がない。
その下卑た笑いを見ている内に僕は気分が悪くなってきた。

やがて、僕のパスポートに難癖をつけた阿呆のポリ公が出て来て、自分の肩を指差した。
お偉いさんが来て判断してくれるから、もう少し待ってろということらしい。
程なくして、肩に星をいっぱいつけたハゲ頭のポリ公が登場。
ポーターはすっ飛んでいって握手を求めた。
二人の間で短いやりとりがあり、その後、僕を残して建物の中へ消えた。
またしても無為に時間が流れ去る。

10分以上待っただろうか。
二人が出てきて、ハゲが僕にパスポートを返してくれた。
さあ行こうとポーター。晴れやかな笑顔で去って行くハゲ。
僕のビザに不備がないことが確認できたのだろう。
入国審査場に戻りパスポートを出すと、今度はちゃんとスタンプが押された。
ようやく入国できた訳だ。

税関への通路を行こうとすると、ポーターがマネーと言ってきた。
ああ、そうかい。
まあチップくらいはあげなければ駄目かもな。
いくらだ?と訊くと、指を5本上げる。
ふうん、5$か。

だが、5$紙幣を取り出しても奴は首を振るばかり。
そして、オフィスの本館の方を指差しながら盛んに何かをまくし立て始めた。
僕が理解できないでいると、今度はスタンプを押すジェスチャーをし、しまいに50$紙幣を取り出して僕に示して見せた。
つまり、ポリ公に袖の下50$をつかませてスタンプを押させたと言う訳だ。

またしてもロシア式のご登場。
ポリ公も、薄汚いポーターも、領事も、全員が地獄行きのクソッタレどもなのだ。
呪いはやはり解けていない。

カネなんかねえんだよクソッタレが!

僕はそう怒鳴ったが、もちろん無駄だ。
周りでことの成り行きを見ていた連中も、払うしかないよという意味のことを言う。
ポーターを責めても仕方ないよ。
ここでは賄賂は物事を円滑に進める為のごく日常的な手段なんだからね。

他にどう仕様がある?
何度も言うが、ここは彼らの土地であり、これは彼らのゲームなのだ。
こちらはルールに従う以外にない。
腐りきった警察機構と、国境に跳梁するいかがわしい連中。
どちらもカタギじゃないという所が始末に終えない。

僕は泣く泣く50$を払った。
これで所持金がまた減った。
ウズベキスタンには入れても、それ以上旅を続けるのはもう無理だろう。
大変なことになってしまった。

ハラショー!
じゃあ、後はこいつについて行きな。
そう言ってポーターはカザフ側へ帰って行く。

その場にいた別の男が僕の荷物を持ち上げ、じゃあ行こうかと促した。

タシュケントまでタクシーだね?

ああ、そうだよ。4500ソム払ってある。

50$だ。


妙なことを言う奴だ。
50$は今ポーターに払ったよ。あんたも見てただろ?

ニェト。
タクシー、50$。タシュケントまで、50$。

はあ?
一体何の話をしてるんだ貴様は?
さっき国境の向こうでババアに4500ソム払ったんだよ!
国境の向こうで、ちゃんとカネをだな…

国境の…

僕の声が途中で小さくなったのは、大声を出すことに疲れたからではない。
自分が本当の阿呆になったような気がしたからだ。
ここ数日、頭がまったく回っていない。
一体どこの世界に国境を越える前にタクシー代を支払う馬鹿がいるというのだ?
料金を支払うのは当然、目的地に着いてからだ。
そんなのはもう常識以前の話ではないか。

幸い、4500ソムは大した金額ではない。
3$半くらいで、それが相場だということも前もって調べてあった。
だが、問題は損失額ではない。
自分がそんな初歩的なミスを犯したことが信じられなかった。
次々と災厄に見舞われて、完全に落ち目になっているらしい。

僕は無言で男から荷物を取り返し、税関へ向かった。
もう駄目だなこの旅は。

税関では申告書を2枚提出しなければならないのだが、全てロシア語表記で皆目見当がつかない。
普通英語併記くらいあるだろうが、と思うのはこちらの勝手というものだ。
ロシア式を甘くみてはいけない。

僕は辺りを見回し、ネクタイを締めた比較的まともそうなおじさんに当たりをつけた。

失礼ですが、英語はできますか?
僕はロシア語がわからないので、この申告書を翻訳して欲しいのですが。

おじさんは英語がわからないようだったが、パスポートを貸してごらんなさいと言って、結局2枚の申告書を全部代筆してくれた。
随分時間を取らせてしまったはずだが、お礼なんかいいんだよ、気をつけて旅をしなさいという意味のことまで言ってくれた。
呪われた国境での唯一の救いだ。
良きことがあり、悪しきことがある。

税関に申告する僕の所持金額は425$だった。
カザフに入る前は1000$以上あったのに。
飛ばずにイスタンブールどころか、これじゃタシュケントでホームレスだ。

ウズベキスタンへ入国したその日から、僕は日本からの送金方法を調べる為に、文字通り駆けずり回った。
彼国はまだまだ発展途上にある上に、旧ソ連ときた。
要は古い習慣が残る現金主義のバザール型社会なのだ。
あちこち訊いて回るにつれ、海外からの送金を受けるのは難しいということがわかるだけだった。

長年旅を続けて来たが、かつてないピンチだった。
目の前が暗くなるというのは修辞的誇張ではない。
時々、本当に視界が暗いような気がした。
節約の為に何も食べてなかったからかもしれない。

しかし、インターネットという革新的なツールと、家族友人の協力のお陰で、数日後になんとか送金を受けることができた。
旅は無事に再開され、その後悪いことは何も起こっていない。
どうやら呪いは解けたようだ。

送金方法を訊く為に訪れた日本大使館で、領事のKさんはこう教えてくれた。

ウズベキスタンは行政もその運用も本当にいい加減でしてね。
予測不可能なトラブルがいっぱい起こるんですよ。
日本みたいな先進国では信じられないようなことが平気でまかり通るんです。
そういうの、我々大使館の人間は「ウズい」って言うんですよ。
ははは。
「ほんとウズいよねこの国は」っていう風にね。


領事さんの言葉通り、僕はウズベキスタンでもロシア式を各所で味わった。
出国時にまたビザにサインがないと言って揉めた時にはもう笑うしかなかった。
どこまでウズいんだ貴様らは?


これにてロシア式呪いの物語はおしまい。

読者のみなさん。
カザフスタンにだけは…

行ってはいけない。



















23:22:23 | ahiruchannel | 4 comments |