Archive for 24 April 2008

24 April

週刊金曜日責任編集 行ってはいけない! 4

宿に引き返し、もう一泊させてくれと女将に申し出た。
レギストラーツィヤが出来てないそうなんだ。
明日出頭しなきゃいけない。

ニェト。
彼女はあっさり言った。
この一言であらゆる事象を簡潔に、かつ的確に処理するのがロシア式だ。
ニェト。部屋はない。それだけ。


あのなあ、ちょっと言わせてもらうけど、そもそも登録ができてなかったのは、あんたらがパスポートを預かっておきながら何にも教えてくれなかったせいでもあるんだよ。
10日間もレギストラーツィヤができてないパスポートを手許に置いておきながら、一体何やってたんだ?
もうひとつベッドを確保してくれるくらいはしてくれたっていいんじゃないか。

しかし英語は通じない。
ニェト、女将は繰り返した。

なんてことだ。
この国はクソッタレの集まりじゃないか。
外は既に暗く、今から市内へ戻って宿を探すことを考えただけでうんざりした。
仕方なく、バスターミナルに併設された宿泊所へ向かう。
空いているのは3500テンゲの部屋だけ。
ポリ公への袖の下と合わせて70$が吹き飛んだことになる。
つつましく、1日15$で過ごした日々は何だったんだ?

今度の部屋にはさすがにシャワーはついていたが、蛇口をひねっても湯は一滴たりとも出ない。
30$も取られてシャワーひとつ浴びられないのか。
でも、僕は心底疲れきっていたので、言葉の通じないフロントに文句を言う気力は残されていなかった。
思えば今日は何も食べていない。
全てが悪い方へ悪い方へと転がっているような気がする。


翌朝。
8時に宿を出て、バスで市内へ向かう。
昨日オランダ人にガイドブックを見せてもらって、オヴィールの営業は9時からだと確認してある。
午前中のうちにカタをつけて、正午前に宿に戻りチェックアウト、そのままバスで国境まで移動する。
そういう予定だった。

だが、オヴィールに着いて早速予定は狂う。
9時になっても業務は一向に始まらない。またしてもロシア式か。
何だかカザフに入ってからこんなことばっかりしているようだ。
特にこれといった理由もなく、何かを延々と待つ。
待っても目的が果たせたないこともしばしば。

1時間が無為に流れ去り、10時近くになってようやっと業務開始。
ポリ公の肩には星が、ひい、ふう、みい、4つも5つもある。
下衆な門番と違ってかなり位がお高くていらっしゃるようだ。
キャリアの腰かけ組といったところだな。
僕はパスポートのコピーと登録代金745テンゲの領収証を持って窓口へ並んだ。
登録申請をする外国人は多いらしく、部署内は人であふれ返っている。

女性の係官がつたない英語で言う。
登録期限を超過しています。
料金窓口で罰金22000テンゲを支払ってから、もう一度来て下さい。

は?
にまんにせん?

僕は聞き間違えだと思って、料金を確認した。
あの、もう一度。おいくらですって?

22000テンゲです。

いや、ちょっと話を聞いて下さい。
そもそも宿の連中がですね、僕のパスポートを…

これは、法律です。はい次の方。
彼女は僕に書類一式を押し返した。

取りつく島もない。
加えて、込み入った英語が通じるとも思えない。
罰金額が想像をはるかに超えて高かったことに僕は面食らってしまった。

だって誰も教えてくれなかったじゃないか。

その通り。誰も何も教えてはくれない。
でもお金はきっちり頂きます。
それがロシア式。

もちろんそんな大金は持ち合わせていない。
銀行へ出向いてトラベラーズチェックを換金する必要がある。
銀行へと急ぐ。
アルマトゥは北から南へ傾斜しており、銀行は街の真南にあった。
急ぎ足で歩いても、坂道なのでなかなか進まない。
太陽が照りつけ、汗が噴き出し、喉がひりひりと痛んだ。

俺は一体こんな所で何をやってるんだろう?
もういっそのこと知らん顔して国境へ向かえばいいんじゃないか。
どうせ罰金を取られるなら同じことだ。

いやいや、ロシア式をイヤという程味わっただろう。
役所で登録手続きをして来いと言って追い返されたらどうする?
国境では何が起こるかわからないんだぞ。

銀行でなけなしのチェックを換金する。
残りのチェックは3枚、手持ちの現金と合わせても500$くらいにしかならない。非常にまずい事態になった。

時計を見ると11時過ぎ。
一旦宿へ帰ってチェックアウトする必要がある。出直しだ。
バスに乗って市外へと引き返した。

荷物を取りに部屋へ入ると、風呂場から水音が聞こえる。
ドアを開けると、湯気が僕の顔に盛大に吹きかかった。
洗面台からも、シャワーからも大量の湯が流れ出ているのだ。
当然床は水びたし。

くそっ!何なんだこれは?
昨日はまったく湯が出なかったのに。

フロントに飛んで行って、大変なことになってるぞ!と叫んだ。
受付係のババアがバスルームの惨状を見るや、非難がましい目で僕を睨んだ。

あんた、蛇口をちゃんと閉めなかったの?ええ?

冗談じゃないぞ、何を言ってやがるんだこのクソッタレが!
昨日はお湯なんか一滴も出なかっただろうが。
僕は怒り心頭で宿を飛び出した。

荷物の一時預かり所を探すのにまた散々苦労する。
例によって例のごとく、看板が出ていないのだ。
もう、このロシア式には心底うんざりだ。
預かり賃は500テンゲもする。極力出費を抑えなければいけないのに。

またバスに乗ってオヴィールへと引き返す。
言われた通り、両替屋で22000テンゲを作った。

建物中はがらんとして、午前中の喧騒が嘘のように静かだ。
申請する外国人も、オフィサーも皆姿を消していた。
時刻は13時。おそらく昼休みなのだろう。
僕は一人だけ暇そうにしていた当直のポリ公を見つけて訊いた。

業務の再開は何時からですか?15時?

レギストラーツィヤ?
ポリ公が訊き返す。

ええ、そうです。

ニェト。

は?

ニェト。レギストラーツィヤ、今日は、ニェト。

だって、午後も業務はあるでしょうが。

英語は通じない。ポリ公は手許の卓上カレンダーを示した。

今日は金曜日だね?
レギストラーツィヤの申請は今日もう終わり。
明日は土曜日、休み。その次、日曜日も休み。
月曜日の朝10時、レギストラーツィヤしにおいで。


クソッタレが!
どいつもこいつもクソッタレだ!
俺がジョージブッシュだったら、全ての核弾頭をこの国目がけてぶち込んでやるぞ、クソッタレどもめ!!



どうしてこんな散々な目に遭わなければならないんだ?
僕はただシルクロードを旅したいと願う罪のない一旅行者なのだ。
おたくらの国で働くつもりも、テロを起こすつもりもない。
隣国のビザが欲しくてちょっと立ち寄っただけだ。
なのに、賄賂だ罰金だと言っては人から金をむしり取る。
こんな仕打ちを受けるようなことを僕はしたのか?
誰にも僕をこんな風に扱う権利はない。全くない。
聞こえたか?クソッタレめ。

僕はそう訴えたかった。
しかし無駄だ。
何度も言うように、ここは彼らの国であり、これは彼らのゲームなのだ。
ルールはこちら側にはない。
そんな所へ、何も知らずにノコノコとやって来たのは他ならぬこの僕だ。

後悔「役に」立たず。


次の問題。
今夜、明日、明後日の宿を確保しなければならなくなった。
またまたバスに乗って市外へ。今日だけで何往復してるんだまったく。
10日も泊まってやったというのに、女将は今日もにべもなく言った。
ニェト。
少しくらい惻隠の情というものがないのか?この因業め。
ロシア人は長い長い冬の間に心が凍りつくのだろうか。

バスターミナルの宿泊所でもニェト。
どこへ行っても、何を訊いてもニェト、ニェト。
もう沢山だ。

僕はターミナルのベンチに座ってうな垂れた。
今日はここで夜明かしだろうか。
随分長い間何も食べていない気がする。

15分くらい途方に暮れた後、僕は立ち直った。
そうだ、初日にどうしても見つけられたかった第一候補の宿はどうだろう。
この2週間余りで、僕もロシア式の何たるかを少しは学んだ。
看板も出ていない、まったくそれらしくない建物が案外目的地だったりするのだ。
ここぞと思う場所に飛び込んでみればいい。

バスに乗って市内へ引き返す。
最初の日、重量超過の荷物を抱えて散々その前を行ったり来たりしたボロアパート風の建物へ入った。
一階は無人。やっぱりここは違うのかな?
でも、念の為に二階へ上がってみる。
部屋の扉が開いていて、中で若い女性が電話をしていた。
彼女が話し終えるのを待って、僕は覚えたてのロシア語で訊く。

ガスチーニッツァ?(ここは宿ですか?)

ダ(ええ)

ミェースタ、イェースチ?(ベッドはありますか?)

ダ(ありますよ)

パチョーム?(いくらですか?)

1500テンゲです(何だ、英語できるのか)

これを天使の声と聞いた。
彼女の口からニェトは一度も発せられなかった。奇跡的だ。
良きことがあり、悪しきことがある。


その次の問題。
僕は三たびオヴィールを訪れた。
受付業務は午前で終了したとしても、せめて料金窓口で罰金の支払いは済ませておかなければならない。今日の日付の入った領収書も欲しい。
何しろ月曜日になったら罰金額が増えている可能性だって無くはないのだ。
例えば、罰金額の計算方法が超過日数分の日割りかもしれないではないか。
何が起こるかわからない。

時刻は15時過ぎ。
腹が減ったなあ…。

業務は再開されていた。
各受付窓口には係官がおり、登録申請を済ませた人々にパスポートを配っている。
午前に申請、午後に受け取りというシステムらしい。
最初に言ってくれ、そういうことは。

料金窓口で22000テンゲを差し出す。
大金だ。10日分の生活費が一瞬で消える。
だが、窓口の女性は札を数えてからこう言った。

ニェト。

は?
またニェト?
言われた通り持って来ただろうが。

彼女は手許の電卓を叩いた。
示された数値は23510。

何で増えとるんじゃクソッタレめが!

大体、その半端な10は何だ?10は?

先刻宿代を支払ってしまったので、財布には国境までのバス代しか残っていなかった。
仕方なく両替所まで走ってもう50$両替。
もしかして呪われているのだろうか?
誰だ俺に呪いをかけたのは?

罰金総額23510テンゲはその日の対米ドルルートでほぼ200$だった。
ようやく領収書を受け取る。
これは官憲による合法的強盗ではないのか。


申請窓口の前を通ると、今朝僕に罰金の支払いを申し渡した女性係官の姿がガラスの向こうに見えた。
無駄とは知りつつ、一応書類一式を渡してみる。
どうせ、月曜日に来いと言ってつき返されるのだろう。

しかし、意外や意外、彼女は少し迷った風だったが、20分待って下さいと言い残してどこかへ消えたのだ。
イレギュラー対応で僕の申請を、今、処理してくれるのか?
奇跡的な例外がここにあるのか?

果たして、20分後、僕は登録を証明する紙切れを受け取った。
こんなものの為に200$も失うとは。

もう問題はないのですか?

ありません。

ロシア式官僚主義の迷路の中で見えた唯一の光明だ。
良きことがあり、悪しきことがある。

僕は逃げるようにオヴィールを後にした。
そうなると、慌てて今晩の宿を手配したのが無駄になった訳だが。
念の為に一泊分しか料金を払っていなかったのは懸命だった。
明日の夜行で国境へと向かおう。


だが。
呪いは解けていないという気がする。
国境は常に不吉な場所だ。
越境地点でもう一つ二つ予測不能なトラブルが起こるだろう。
予感が、夜の鳥のようにそう告げていた。

そして、この種の予感は必ず当たる。
物語の中に銃が出て来たならば、それは必ず撃たれなければならないのだ。






















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