Archive for 02 March 2008

02 March

漢字小噺

中国を旅する上で、我々日本人における絶対的アドバンテージはと言えば。

そう。文字が読めることですね。
なにしろ漢字というくらいで、中国の古代王朝より伝来した文字なのだ。


その昔イランを旅した時は、英語が全く通じない上に、文字も例のみみずがのたくったようなやつばっかりで、わりに苦労した。
アルファベットは西欧資本主義的なるものとして忌避されているのだろうか?
数字もペルシア数字だから、乗るべきバスの番号すらもわからないのだ。
徹底している。

まあその分、親切で暇なイラン人がよってたかって助けてくれるけど。


欧米人旅行者達は、多分僕がイランで味わったような苦労をしていることだろう。
ざまあみろとまでは思わないけど、ね。


中国語は全て漢字で表記されるが、表音と表意の二種類があることに気づく。

たとえば、街道脇では「麾托修理」なんて看板をよく見かけるけれど、これはモーター修理である。
つまり車の修繕屋さん。表音と表意のミックス。

ネットカフェは「網城」。 表意。
「網」ってところが、なるほどネットだなあと納得する。

スーパーマーケットは「超市」。
冗談みたいだが、誰もふざけてない。


ケンタッキーは「肯徳基」で、マクドナルドは「麦当労」。
こちらは完全な表音。

「巴士」「的士」バス、およびタクシー。

「巧克力」チョコレイト。

「下下」カカ。ブラジルのサッカー選手。嘘じゃないよ。

「下拉OK」カラオケ。嘘じゃない。カーラーオーケーなのだ。

(注;本当は下ではなく、峠の山がない漢字。日本語フォントにはないので便宜的に下と記した)

「魯邦三世」ルパーン三世。いや嘘じゃないって。

と、まあ以上は全部表音。



飴玉は「球糖」。
うん、まあ確かにその通りなんだけどね。
なんとなく砂糖の塊を連想して食べる気が失せるような…。

余談だが、飴玉のことを「飴ちゃん」と呼ぶのは関西弁なのだそうだ。
僕は最近までそのことを知らなかった。

同じ言語構造により、某ディズニーのメインキャラクターは「ミッキーさん」と呼ぶ。
お前らミッキーの友達か?
じゃああっちの方はやっぱりドナルドさんなのか?
プーさんは最初からプーさんだからそれでいいのか?
関西弁的思考の迷宮に放り込まれてしまう。


閑話休題。
漢字の話をしているのだった。


食堂へ入った時にも、漢字読解能力は大いに威力を発揮する。
例えば「肉沫茄子」という文字を見れば、ははあ、これは挽き肉とナスの炒め物だなと容易に想像できる訳だ。
出されたのはこってりと油っぽい麻婆茄子。辛くてうまくて油ギトギト。

昔仲良くなった中国人が言っていたことには、麻婆はあくまで豆腐料理のことなのだそうだ。麻婆茄子や麻婆春雨などは、固有名詞としては存在しないのだそう。

「酸辣面」は僕が好んでよく食べる料理で、読んで字の如く、酸っぱくて辛いスープのラーメンである。
面は麺の略字表記。

略字体では雲南省も云南省となってしまう。あめかんむりが省略されているのだ。慣れないと暗号みたいだ。


飲み食いにまつわる漢字の話をもう少し。

「卑酒」とはビールのことである。ピージュオーという風に発音する。
(注;これも日本語フォントにない漢字。正しくは口へんに卑)

これは表意か表音か。
もしも表意だとしたら、中国人がビールをどう捉えているかがわかって非常に興味深い。
くちへんにいやしいと書くんだから。
ビールというのは「よそ」から入って来た程度の低い卑しい酒という事になるのだろうか。

なにしろ中国で飲むビールは安い。一般的な食堂では大瓶で100円しない。
え?
ああ、もちろん毎晩飲んでるぜ。


「脆皮」とはクリスピーのこと。うむ、確かにもろくてぼろぼろ崩れる。
「脆皮挟心餅干」とはクリスピークリームサンドビスケットだ。

「方便面」はインスタントヌードル。
日本でも昔は即席麺などと言った。
これは列車の旅で大変お世話になる。
長距離列車には必ずお湯のサービスがついているので重宝する。
まあ、食べ続けるとうんざりするのは日本と同じ。

よく知られていることだが、「胡」というのは古代中華世界の西域を意味する。
要するにシルクロードの向こう側だ。そこからやってくる物には胡という文字がついた。

胡桃(クルミ)、胡瓜(キュウリ)、胡麻(ゴマ)、胡椒(コショウ)などなど。

漢字は面白い。

英語をはじめとする西欧言語はすべて表音文字である。
欧米のパッカーたちはほぼ例外なく「ロンリープラネット」というガイドブックを持ち歩いているのだが、これはもう電話帳みたいにでかい。うすらでかい。
で、中身はというと、実用的でスパルタンな旅行情報が細かい文字でびっしりと並んでいる。写真なんか全然なくて、味も素っ気もない。

これ、情報量が多いということもあるんだろうけど、同じ内容を日本語に訳したら半分くらいの文字量で記述できる気がするなあ。

漢字は偉大だ。



さて、枕はこれくらいにして。
大理古城という有名な町へ行ったときのこと。

バスを降りると早速客引きが寄ってきて、いい宿があるからついて来いついて来いと言う。

ただしこの客引き、英語は全く話せない。
ドミトリーはある?とか、一晩いくら?チェックアウトは何時?とかそういう基本的な表現も全然駄目。

仕方がないので(というか、最初から予期できているので)持参のメモ帳とペンを取り出して適当に漢字を並べる。
「有多人房?」とか「多少銭一天?」とかそんな具合に。

もちろん、これが文法的に正しいはずはないのだが、ちゃんと通じる。


案内されたのは中庭を古式ゆかしい(要は老朽化した)建物が取り囲む、まあ大理では標準的なタイプの宿だった。

風呂場には巨大ナメクジがいたが、値段はまあ悪くないし、大荷物を背負って歩き回るのも疲れたのでここで手を打つ。
後で塩でもまいときゃいいだろう。貧乏旅行をしているとすぐに神経が雑になる。


荷物を降ろして一息つく。
チェックインしたときは気づかなかったのだが、テレビの上に何かが置いてある。

縦1cm、横2cmくらいの長方形で、中心部が楕円に膨らんだ平べったい物体がクリアケースに収まっているのだ。

宿の経営者はすべからくこの用品の設置を義務付ける云々〜と、多分そのような意味の文字がクリアケースに仰々しく書いてある。
ところどころに「健康」とか「平安」とかいう文字も。

なんじゃこりゃ?

手にとってよく見ると、それは避妊具だった。
長方形の袋に入っているので、ゴムは真円ではなく楕円にひしゃげているのだ。

なるほどなあ、ここは連れ込み宿も兼ねている訳か。
中国のカップルはこういう場所でいたすのだなあ。
なぜかしみじみとする。


さて、避妊具のことを中国語では何と表すでしょう?

答えは「安全套」。

つけてせよ、さすれば安全、表意文字。

うむ。確かに色々な意味で安全ではあろうなあ。


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