Archive for 02 February 2008
02 February
馬六甲
どうも荷物が重すぎるらしい。重量超過のバックパックと、セミハードケースに入ったギターと、カメラやiPodが詰まったサイドバッグ。
そして電話帳みたいにいかついガイドブック。
これ、フル装備で歩いているとまさに「行軍」という感じ。
三八式歩兵銃、弾薬ベルト、手榴弾、雑嚢、そしてヘルメット…。
どこまでも広がる熱帯雨林。
照りつける太陽、うんざりする温気と湿気。
旧日本軍か俺は?
この「行軍」をしていると、当然歩く速度はぐんと落ちるのだ。
それを計算して行動しないとバスに乗り遅れたりする羽目になる。
その日の朝も、バスターミナルに着いた時にはクアラルンプール行きのバスはとっくに出てしまっていた。
次のバスはあと3時間は来ない。
仕方がないのでマレーシア方面に向かう次発のチケットを買う。
「MELAKA」行き。中国語表記は「馬六甲」。
うまろっこう?
なんだか望郷の念にかられる感じの地名だなあ。
バスは国境を越え、マレー半島をひた走る。
午後も遅くにMELAKAに到着。
車窓からきらきらと陽に照り映える入り江が見えたときに「馬六甲」の読み方がやっとわかった。
そうか。「マラッカ」か。
世界史で習ったマラッカ海峡のマラッカだ。
なるほど、海の向こうはもう、すぐインドネシアという訳か。
夜。
安宿の1階のカフェでコンサートが始まった。
テレキャスターをかついだ枯れた感じのマレー人の中年男が一人。
にやっと笑うとマイルスみたいに見えなくもない。
いや、色が黒くて目つきの悪いところが似てるだけなんだけどね。
マラッカのマイルスと密かに命名する。
マイルス氏、テレキャスで伴奏をつけながら渋い声で歌いだした。
持参のリズムボックスがドラムパターンを刻む。
ギターとリズムだけで、往年のロックンロールの名曲を次々と披露するマイルス。
これは聞かせた。驚くべきことに。
和声の進行は単純だし、どの曲もキーが同じなのだが、そこは職人芸。
同じ事を来る日も来る日も繰り返して、そのパフォーマンスは完全に達人の域に達している。
はっきり言って客なんかほとんどいない。
場末の安宿のカフェに拡大された歌声とギターが響くだけだ。
昔は名のあるバンドのギタリストだったのだろうか。
バンドでは食えなくなって、「営業」するようになって、自分で歌うようになって、流れ流れてマラッカの安宿にたたずむマイルス。
曲が終わっても拍手をするのは僕と、もう一人の客だけ。
それでも渋い笑顔で「thank you!」
もう一人の客は軍人だった。
故郷を離れこの近くに駐屯している。
明日は落下傘をかついで飛行機から降下訓練をするんだよ。
今日は休みで飲みにきてるんだ。
へえ、日本から来たのか。まあ飲めよ。
自分でもがんがん飲みながら、僕とマイルスのグラスにも容赦なくビールを注ぐ軍人。
そんなに飲んで落下傘がうまく開くだろうかと心配になる。
マイルス氏はいわゆる「センイチ」を持っていて、ある程度のリクエストも受け付けるようだった。
僕もセンイチを見せてもらったのだが、歌詞が書いてあるだけ。
コードは全部頭に入っている訳だ。さすが達人。
酔っ払ってテンションの高くなった軍人。
カラオケ感覚で次々とリクエストしては、マイルスのマイクを奪い取って自分で歌い出した。
マイルスも最初は機嫌よく応じていたのだが、段々と軍人の言うことを聞かなくなる。
どうもリクエストには1曲ごとに相応のチップが必要ならしかった。
しまいに怒り出す軍人。
なんだよ、ビールをしこたま飲ませてやっただろ?
俺の好きな曲を演奏してくれたっていいじゃないか!
マイルスは老獪にかわす。
いやいやさっきのあれはサービスだよ。
金を払ってくれないと演奏できないシステムさ。
悪いがこっちも商売でね。
僕はいたたまれなくなってその場を去った。
きっと店からのギャランティなんか雀の涙くらいのものだろう。
客がリクエストしてくれて初めて自身の稼ぎになるのだ。
抜群のパフォーマンスと、軍人をあしらうその姿の乖離には避けがたい悲哀があった。
改めて音楽で食うことの大変さを目の当たりにして、身につまされる思いだった。
よりにもよってこの馬六甲の地で。
翌朝、チェックアウトを済ませて階下に下りるとマイルスが所在無さげに座っていた。
昼間は仕事がないので、宿の客引きでもしているのかもしれない。
ハイ、日本のフレンド。もう行っちゃうのかい?
今度はあんたのギターも聞かせてくれよな。
オーケー。
そしてさよなら、マラッカのマイルス。
18:24:08 |
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