Archive for 06 March 2008

06 March

K166次 西安行き

雲南省昆明から列車で実に35時間。
ついに(というか何というか)シルクロードの起点、西安にたどり着いた。

そもそも今回はシルクロードを旅するはずなのに、ここに来るのにすでに一ヶ月以上もかかっておるのはなぜだ?


南の方では、会う人全てに西安は極寒だと散々脅された。
だから手袋を買ったし、スキーウェアも持っているし、耳が隠れる登山帽まである。
韓国で別れた母親は懐炉をしこたま持たせてくれた。
ネットで西安の天気を調べると、最高気温3℃などと書いてある。

列車の到着時刻は早朝5時半。
全ての川が凍りつく時間帯だ。宿に着く前に凍死は確実だろう。
僕は4時半に目を覚まして、せっせと防寒具を着込んだ。

なのに、よ。
西安駅のプラットフォームは妙に生暖かいのだ。
駅舎を出てもまったく寒くないし、バス停を探している内に汗ばんでくる。

三月になった途端に春がやってきたのだろうか?
日中はジャケットもいらないくらい暖かい。
まあありがたいことだけど。ちょいと拍子抜け。


西安へ向かう列車の中では、大理出身の白族(ぺーぞく)の女の子たちと仲良くなった。

桂賢と秀梅の二人。

延安大学で化学を専攻しているのだそう。
春節の休みで雲南へ里帰りしていたのだろう。
つまりは花の女子大生な訳だが、はっきりいって中学生くらいにしか見えない。
化粧っ気が全然ないからだろうか。それとも僕が年をとったせいだろうか。

彼女達は英語が下手、こっちは中国語がまるで話せない。
それでも十分にコミュニケートできるのは筆談のおかげだ。
あっという間に僕のメモ帳は漢字で埋め尽くされてしまった。
快速列車上にて中国語超初級講座開催。

桂賢が言う。

「中国語ではエレファントは大象、タイガーは老虎って言います。こういう漢字、書く」

「ほう?なぜに老?老はオールドって意味だよね」

「そう、でもそれが名前なの」

「じゃあタイガーの赤ちゃんでもラオフーなの?」

「そうそう」

「リトルエレファントでもダーシャン?」

「そうそう」


と、まあそういう楽しい(?)会話をしながら列車は一路西安を目指す。


僕が乗っているのは硬臥という寝台車である。
中国の鉄道車両には4つの座席ランクがあって、安い順に(つまりはひどい順に)硬座、軟座、硬臥、軟臥となる。
あ、一番ひどい席は無座だった。つまりデッキね。

硬座というのは文字通り木製の硬いイスで、これに長時間乗り続けるのは相当きつい。
一列三人の割り当てなのだが、なぜか四人押し込まれ、人民はもちろん痰をそこいらに吐くし、煙草もがんがん吸う。ゴミは床にぽいぽい。
トイレは個室なのに二、三人が入ってくるし、トイレから帰ると席が無くなっていたりもする。
都市から都市の移動はすぐに一日二日がかりになるので、硬座での夜明かしはもう地獄である。
僕は上海から昆明まで45時間硬座に乗ってきたという旅行者に会ったが、中国の列車なんか二度と乗るかボケ!っとのたもうておられた。

そりゃそうだね。


硬臥は英語風に言うとハードスリーパーである。
向かい合わせの三段ベッドで、マットレスは硬い。
そこにシーツを敷いてごろんと横になる。まずまず快適だ。
一般に中国の列車の旅はこの硬臥が最もリーズナブルだと言われている。
その上の軟臥になると料金が倍になり、下手すりゃ飛行機よりも高くついてしまうからだ。

ただし、この硬臥は一番人気なのですぐに埋まる。
始発駅からの割り当てがほとんどなので、途中駅の乗車では席を確保できないこともしばしば。

昔は硬臥に限らず、列車のチケットを買うのは本当に大変だったらしい。
例によって列に並ばない人民をやり過ごして、やっとの思いで服務員に行く先を告げても、たった一言、没有(メイヨー)と冷たく言い放たれる。
それでは翌日は?と訊いてもメイヨー。何を訊いてもメイヨー。
しまいに、隣の窓口へ並べと追い払われる。隣の窓口でまた延々並んでメイヨーメイヨーの連発。

悪しき社会主義制度の名残りである。
まだ社会にサービスという概念がほとんど存在しなかった時代の話。


僕は方々でその話を聞いていたので、初めて中国を旅行したときには自分で切符を買うなどという大それたことは考えず、初めっからエージェントに頼んだ。

だが、テクノロジーは日進月歩で進化する。
今回、僕が昆明駅で見たものは、座席の有無が一瞬でわかる巨大電光掲示板であった。
西安行き、今日、硬座あり、硬臥なし、などが表示されており、座席の予約状況が簡単にわかる。
後は並んで空いている座席の切符を買うだけなのだ。
オンライン化は悪名高き中国の火車票購入にまさに福音をもたらした。

あ、ただし表示は全部漢字だから、楽になったのは日本人や韓国人だけだね。
漢字文化圏以外の旅行者は相変わらず辛酸をなめ続けていることだろう。


この硬臥だが、一区画6ベッドに対して通路側の座席は2つしかない。
つまり満席になったら4人はあぶれる訳だ。
最初から設計が間違っているのである。

先にも書いた通り、都市から都市の移動は20時間30時間平気でかかるので、車中二泊三日も珍しくない。
夜になれば自分のベッドで寝ていればいいが、日中はずっとごろごろしている訳にもいかない。
そこで、自然一番下のベッドは座席がわりに使われる事になる。
上段、中段のベッドを買った人も、下段のベッドに座る。

面白いのは、人民は下段のベッドに腰掛ける時にまったく遠慮しないことだ。
ちょっと座ってもいい?とかそういうやり取りは一切なし。
当たり前のような顔をして、下段切符の持ち主を押しのけてどんどん座る。
そして同じ区画の人民とすぐに仲良くなって、お喋りやらトランプやらに興じるのだ。
この辺の感覚は日本人とは全然違う。

僕は三段の中で一番安いという理由だけで下段ベッドの切符を買ったのだが、そういう作法がわからなくて最初は面食らった。
下段もベッドなので、糊の効いたシーツが敷いてあるのだが、人民の尻に蹂躙されたり、食べ物のカスをこぼされたり、臭い足を乗せられたりして、すぐにしわくちゃになってしまう。正直ちょっと哀しい。

なるほど、一番安いのにはちゃんと理由があるのだなあ。
この次は上段ベッドを買って、ごく当然のように下段ベッドに座ってやろうと決心する。

このようにして旅のコツをつかんでいく。



白族の秀梅が訊く。

「え〜、あなたは、どうして、そんなにも長い間旅行してますか?」

「どうしてだろう。わからないな」

「ふうん。何のために、旅行、してますか?」

「何のために?う〜ん。ただただ旅行がしたかったから。かな?」

「ふうん。中国と、日本、どんなところが、違いますか?」

「むむ。一口で言うのはなかなか難しいけど。そうだね、違うところはいっぱいあると思うよ」

「ふうん。あなた、中国、好きですか?」

「え?うん。そりゃもちろん。面白い国ですよ」

「ふうん」



列車は一路西安へとひた走るのであった。







10:46:09 | ahiruchannel | 3 comments |